弘法大師空海は日本のレオナルド・ダビンチだって何かで読んだ事がある。
自分の才能を生涯にわたってフルに発揮し 世のため人のために尽くしたそうです。
体力のある限り全国を周り 山を拓き 池を作り 井戸を掘り 温泉を推奨し 石油の使い方を
教え 筆やお菓子の作り方まで人に教えて 人々の利益をはかったそうです。
仮名文字を作り 日本で初の国民学校を開設した。
自分の生涯のありったけのパワーを燃焼させ 私達は知らずとその恩恵にあやかっている。
因みに私以前別々の2人の目上のクライアントの方から言われた 「高松さんは宮沢賢治
のよう・・・」 (70歳女性) 「高松さんはジャンヌダルクみたいだ・・・・」(60歳男性)
これは 自慢と取る人がいるかもしれないのでと 今まで人に言わずに居た。
でもこれは女性としてあまり褒め言葉と手放しで喜べないかもしれない。 強すぎるか?!
しかし そう見えるほど 色々と積極的に色々とやってきたのは事実。
一日24時間と言う限られた時間ですが 仕事をして眠る時間を引くと残りの時間はもっと
限られている。 少ない時間をただ漫然と浪費せずどう生きれば良いか考えないと
このまま何も変わらない 変われないままで まあそれなりで過ぎ去ってしまう。

まぁそれもヨシ。 そう思う事で今を肯定するもヨシ いやたった一度の人生をもっと輝かせて
もっと自分を活かして 自分にしかできない役割を果たす! とカツを入れます。
まぁこれで好いのよ と自分を甘やかす子供の機嫌取りをする保護者となってしまいます。
かの高杉晋作は 「苦労するのはいといはせぬが 苦労しがいのあるように」 という。
デペット爺さんは木の人形を思いを込めて作ったので その人形には魂が宿ってピノキオに
一球入魂 木像も入魂をして心眼が開かれ仏像になる。
ただの木で終わるかピノキオ・仏になるかは 人の強いパワー(思い)の違いではあるまいか。
今はお金も時間も連動しているようで 貧乏暇なし・・・ 可笑しいな?一杯働くと一杯お金が
残ると思いきや どうもバケツに穴が開いたようにダラダラと垂れ流しにしているような。
その人の人生は 「人 物 金 の使い方で決まる」 そうです。 それにもう一つ天の時を
加えるそうです。 チャンスを掴む 今やらなければいつやる! 今 やるしかない!
よく言うチャンスの後ろ髪はない! そう チャンスは早すぎるか遅すぎるかしかない(菅仲)。
という事は そのチャンスはまだ早いのでは? という時期にしか掴めないのです。
バーゲンだって早く行かなきゃ良い物からどんどん無くなっちゃいますよね。 それも然り!
縁はいなもの粋なもの 悪縁と良縁があるとしたら 悪縁をどんなに努力しても良縁にする
事はできないそうです。 それはこの世にあるものはすべて組み合わせでできていて
悪いハーモニーが良くなる事は決してないという事。 色も音も人も組み合わせ。
これは自然の永遠の決めごとです。
どんなに我慢しても雑音(異なもの)は雑音でしかなく それを続けていると慣れてはくるが
知らず知らずと精神や身体が無理に耐えきれずに壊れて行く。 良縁は出会うものそして
大切に育てるもの。 悪縁も出会うものしかし勇気を出して切り取るものらしい。
しかし その2つの見分け方が凡人には判らない。 それは実は自分の心は知っている。
見分ける時の大切な態度は 世間体や意地や損得計算がなく心に手を当てて自分の好みを
ちゃんと認めて確かめて それだけで選べばちゃんと良縁の方に足が向くはずです。
反対の人の意見で方向転換しないよう。 しかし何が正しいかは立場によって人それぞれ
それは状況によって 時として1日で変化する物でもあります。
しかし何が好いかはずっと変わらず 自分の心の中にくっついたガムのように離れずあるのです。
ずーっと思っている事をやりなさい! それは自分の本心が求めているもので 諦めようと
思ってもどうしても諦め切れない思い それこそすでに自分で答えを持っている。
それを何らかの障害や勇気のなさや 反対の人の意見で諦めようとしている自分がいる。
しかどうしても諦めたくない これが自分だけの正しい声 答え と言う事なのです。

みな様 夏もあと少し 残暑お見舞い申し上げます。
麗峯
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